ひまわり先生のひとりごと (2004年2月) 
  2004年2月2日
最近、NHKのドラマ「ちょっと待って神様!」にハマっている。

「たまたま一緒に事故にあった「おばさん」と「高校生の少女」。
おばさんは死んでしまい、少女は生き延びる。
でも、家族のことが心配で、死んでも死に切れなかったおばさんは、
少女の体をしばらくの間だけ借りて、この世に戻ることを許される。

 少女の姿で自宅に戻ってみると、家族は誰一人、おばさんが死んだことを悲しんでいない。
「家族のためだけに生きてきたのに、私が生きていた意味ってなんだろう」
 と、考えながら、少女の姿で家族とかかわり続け
、なおかつ、高校生活もおばさんパワーで乗り切っていく。

 そんなおばさんの姿を空の上から見ていた少女は、「生きる気力のない自分より、
おばさんが生き残った方がいいのではないか」と考える」

 
 というような内容の話だ。
 
 ドラマを見ていると、普段、「そこに存在するのが当たり前」のことで、
無くなって初めて、「とてもありがたいものだったんだな」と思うことがたくさんあることに気づかせてくれる。

 また、「同じ物を見ていても、ちょっと角度を変えてみると、全く違った風景が見えてくること」、
「同じ状況に置かれても、自分の行動パターン一つで、
結果が大きく変わってくること」などにも、気づかされる。


 自分自身の日常を振り返っても、「当たり前」のように見えて、
「当たり前ではないこと」がなんとたくさんあることだろうか。


 事務を担当してくれる人たちが、いつもいつも、診療カルテやFAX用紙を
使いやすいように整えてくれていること。

 父が家中の備品やルナ子のご飯を補充しておいてくれること。
 家族全員が、健康であること。
 夜遅くまで開いているスーパーがあること。

 どれ一つが欠けても、たぶん、私は安心して仕事を続けることはできないだろう。
 「今日、気持ちよく仕事ができる状況にある」
 ということも、決して、当たり前ではないのだ。
 そう思うと、一日仕事ができること、それを蔭で支えてくれる人々に「ありがとう」といいたくなる。

 ところで、ルナちゃんがとてもなついているマンションの管理人のおじさんは、
誰に対しても、いつも変わらぬ笑顔で挨拶をされる。

 登下校途中の小学生、通勤のサラリーマン、近所のおばあちゃん・・・etc
 マンションの住人であっても、そうでなくても、分け隔てなく声をかける。

 「おじさんの「いってらっしゃい」に励まされて、「がんばって学校にいこう」
と思う子供もいたりするんじゃないかな」

 なんて、私は思ったりする。

 国のお偉いさんたちは、非行や登校拒否、出社拒否を予防するために、
厳しい教育方針案が考えられたりしているらしいけれど…。
そういう「厳しい締め付け」も効果はあるかもしれないけれど
、ルナちゃんの大好きなおじさんのような「おはよう」「いってらっしゃい」
「おかえりなさい」の一言の方が、ずっとずっと、効果があって、豊かな心をはぐくんでくれるんじゃないかと、私は思う。


 もしかすると、国のお偉いさんたちや、世の大人たちに「本当の心の豊かさ」
をおしえるために、あえて、「引きこもり」という辛い職業につく人生を
選んで生まれてくる人々がいるのかもしれない・・・とも、考えたりする。


 おじさんの笑顔と一言は、毎日、そこにある。
 「そこにあるけれど、気がつかない豊かさ」
 探せば、他にもいっぱいあるに違いない。



  2004年2月9日
2月に入って、いきなり、またしてもパソコンがダウンしてしまった。
 またしても、初期化をする羽目に・・・。
なんだか、一年に2回ずつくらい初期化しているんじゃないだろうか・・・。

でも、今回は最低最悪の状況で、バックアップをとったCD−ROMまで
アクセス不能になってしまい、昨年書き溜めたデータ、メールアドレス、メール・・・
などなどすべて吹っ飛んでしまった。


ただ、悔やんでも、覆水盆にかえらず・・・なので
「これは神様が、「過去をすべて清算して、一日一日の出来事を心に刻み付けて生きなさい」と言っているんだ」
 と思うことにした。

でも、これがまだ、一年分のデータだからいいけれど、
大震災で家が丸焼けになったら、すべてのものが失われることだってある。

それに、死ぬときには、「物」は持っていけない。

そう考えたら、
「本当に大切なことは、心の中に残っているはず。
残っている大事なことを、新たな気持ちで掘り起こせばいい。過去は振り返らない」

という気持ちにあっさり切り替えられた。

これが去年だったら、もっとショックを引きずっていたかもしれない。
私も、ちょっとは成長できたのかな?

ついでにこの機会に、メールの受信ソフトを変えてみた。
なれない上、文字化けでメールが読めなかったり、
テキストが貼り付けられなかったりして、四苦八苦している。

本格的な復旧には、時間がかかりそうだ。
 
大病院では、カルテの電子化が進んで、情報の共有が便利になる一方、
パソコンを使いこなせずに困っている人々が続出していると聞く。

パソコンが苦手な人々の気持ちがちょっぴりわかった気がする今日この頃。

便利さの裏には、必ず、不自由さも、隠れているかもね。




  2004年2月16日
先日、10年位前に私がどん底の精神状態にいたときに
お世話になったカウンセラーさんとお会いした。


彼女から、

「ほんとに、たった10年足らずで、あんな悲惨なところから、よくぞここまでに人生を変えたわよねー」
とのお言葉を頂戴して、本当に嬉しく思った。
自分でも、本当によくがんばった10数年間だったと思うが、
私のどん底ドロドロぶりを知っている人から、褒め言葉をいただくのは何よりのご褒美だと思った


考えてみたら、あの時あのカウンセラーさんと出会えたことは、ほんとに「奇跡」だったかもしれない。

当時の私の「生き地獄」のような生活を相談した時に、
ちゃんと理解して受け止め、さらに聞かされた本人自身、影響を受けない人が
自分の身の回りに何人いるだろうかと考えてみたら、彼女ともう一人の友人しか思い浮かばない。

本当に、貴重な出会いだった。

仏教では、
「人間に生まれ出ることは、大海に浮かんだ小さな浮き輪に、
千年に一回海上に浮き上がってくる亀が首を入れるよりも、奇跡的なことだ」

と教えている。

だとしたら、人間に生まれたもの同士が、たまたま出会って、言葉を交わすことは、もっと奇跡的なことだ。

今日という日に、たまたま、目の前にいる人とであって言葉を交わすことは、
たくさんの縁、たくさんの神の恩恵が会って、なされていることかもしれない。
たった一つの歯車が変わっただけで、その出会いはなかったかもしれないのだ。

そう思ったら、たった5分の会話でも、とてもとても貴重な、今しかない時間なのだと思えてくる。

一年位前まで、私は、自分の人生を振り返って、
「私は、私の人生でとてもよかったけれど、もう二度とあの苦しい体験だけはしたくないな」
と思っていた。

でも、近頃では、
「ああ、私はとてもいい人生を選んで生まれてきたなあ。
私は自分の人生がとっても好きだ。
次に生まれ変わっても、もう一回同じ人生を歩いてもいいなあ」
と思うようになってきた。

10年前にタイムスリップすることができたら、
今の気持ちを当時の自分に伝えてあげたいものだと思う。




  2004年2月23日
昨日は、何人かの方との合同講演会だったので、
久しぶりに、他の方の講演を聞く機会に恵まれた。


中でもとっても気に入ったのは、岡崎で自然分娩を手がけている吉村先生の話だ。
この先生、ほんとに、天衣無縫!

「好きなことだけ、好きなようにやってきたら、人様の役に立ってた。
子供を作ったの、無事に生ませてやったのって、親も医者も、なに考えてるんだ!
命がこの世に生まれ出でてくるのも、分娩が起こるのも、すべて、神とか、宇宙とかの力なんだ!
それをさも、人間が何かできるように勘違いしてしまったのが、世の中がおかしくなった原因だ。
お産で、母が何万人に一人死ぬのも、子供が1000人に2−3人死ぬのも、
それは自然の摂理だ。誰にも、どうすることも出来ない。

どうすることも出来ないと覚悟決めたら、みんな、するっぽんと生まれるもんだ
自然のままにいれば、自然の笑顔が出る。笑顔で、気持ちのいい最高の分娩ができる!
「また、産みたい」
って気に、自然になるんだ!
生まれるのも死ぬのも、宇宙の原理だ。
いつ死んでもいい。でも、生きててもいい!だから、私は毎日とっても楽しい!!
あんたたちも、楽しんで、今を生きなさい!」
というような話だった。

実はこんな吉村先生も、講演前は控え室で、
「私みたいのんが、こんなところで、話していいのかなー」
と、とても気弱になっておられたのだ。
ところが、話し始めたら、気弱な部分はどこへやら…というくらいエネルギッシュだった。


吉村先生は、パワーも、怒りも、喜びも、弱さもありのままに表現し尽くして生きておられた。
何も隠さない。人から評価されることも少しは気にするけれど、
そんな弱い自分も隠さない。そして、最後には「自分は自分でいい」とちゃんと言える。

しかもそれを自然体でやっている。これほど、強いことはない。

なので、講演の内容もさることながら、その存在を感じただけで、
「ああ、ほんとの神のパワーをそのまま身体に受けて生きてる人っているんだー」
と思えて、とても感動し、幸せな気分になった。

吉村先生を見ていると、しみじみ、
「強さも、弱さも、怒りも、喜びも、ぜんぶひっくるめて、
「今のままでok」と感じられることが大切だなー」と思う。


ホスピスやカウンセリングの現場などでは、どうしても、
「患者さんが抱えている、「痛み」「悩み」「辛さ」をすべて、表面化して、
全部完璧に解決しなければならない」

と思う傾向が強い。
また、医師も患者も、「病気は完璧に治さなければならない」と思う傾向が強い。

でも、実は、この「心地の良くないものは、完璧に排除しよう」という思いが、
かえって、どんどん心地悪さや病気を生み出していることに気がついていない。

心地よくないものは、ないに越したことはない。でも、完璧に排除するのではなく、
「この寂しさ、この辛さがあるから、残りの部分が寄りいっそう輝いて幸せに感じられる。
病気があるからこそ、日常生活を今以上に大切にできる」
と思えば、かえって、「心地悪さ」や「病気」が愛しく思えて、
そのまま抱きしめていてあげたいと思うかもしれない。


でも、そんな屁理屈もこねずに、吉村先生のように、
ぐっちゃぐちゃで混沌とした状態を楽しめれば、もっともっと楽しいに違いない。


「子供産んだあとも、みんな、わんさか遊びにくるんだよねー。
だから、うちは、いつもにぎやかでさー」

と、楽しそうに話す吉村先生に、私が
「きっと、「ほら!今日は、吉村のジジのところにいくよ!
吉村のジジ、きたよー」って、言いながら、やってくるんでしょうねー」

と返したら、「なんでわかる?」とびっくりされた。

「そりゃあ、もう、私が先生のところで子供産んだら、そういいますもん」
と笑って返した私に、講演終了後、吉村先生はにやっと笑って、
「あんたも、相当ブッ飛んだやつだね。充分わかったよ!」
と言われた。
 最近、私がもらった最高の嬉しい誉め言葉だった。

 私もありがたーく、お礼をこめて返した。
「先生と同類ですよ!」




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