ひまわり先生のひとりごと (2005年11月) 
  2005年11月6日
皆様、いかがお過ごしでしたでしょうか。

HPリニューアル、品川移転後、初めての「ひとりごと」です。
新しいHPは、いかがでしたでしょう?織田ちゃんの力作です。
私としては、とてもわかりやすくなって、大満足です。

ところで、私の方は、とっても大変な10月でした。
「1ヶ月お休みで、先生はさぞやのんびりしているのかしら」
と、思っておられる方も多かったのではないかと思います。

…が、その実、私にとっては、ここ数年でピーク…というくらい忙しい1ヶ月になりました。
というのも、非常勤先の先生の体調が悪く、そのフォローを引き受けるなど、
普段以上の仕事をこなしながら、引越しのこまごました業務をほぼ一人でこなしていたからです。

しかも、やることなすこと、すべてに問題が発生して、スムーズにいかない!
まず、引越し先の工事が遅れ、あわや引越しまでに工事が終わらないか…という状態に。
さらに、「ひまわりクリニックという名称が使えないかも」という事態が発生!
結局、「名称使用可」と決まったのが、10月も下旬に入った頃。

そして、開設申請(移転すると、前のクリニックを廃止して、
新たに開設届を出す必要がある)の提出に必要な登記簿謄本が
期日までにできてこない!
なんとか滑り込みセーフで、書類をそろえて届を申請したら、
行政介入に引っかかって、改築を促されるわ、診療制限がつくわ、
こまごまとした誓約書を書かされるわ…。

結局、開設許可証が降りたのが、なんとなんと、診療開始日
11月1日の診療開始20分前!
「余裕をみて、11月開始にしておいて、ほんとによかったー!」という感じです。
それでも、11月中はまだまだ、休診日に行政指導による改装が続く状況です。

でも、あまりにも、忙しすぎたのが、不幸中の幸いでした。
「えー、名称が使えないかも?!書類が間に合わないかも?!開設許可が下りないかも?!!!」
と、不安だらけだったのですが、ともかく、目の前の用事が多すぎて、悩んでいる暇がありませんでした。
たぶん、悩んでいたら、完全に頭がフリーズして、病気になっていたでしょう(笑)。

なので、不安が頭をよぎり始めると、
「今これを考えても、結論は出ないし、どうにもならない!
最善は尽くしたんだから、後は、結果を待つしかない。
結果は○か×か、二つに一つ! ×なら×でいい!
最善を尽くして、うまくいかないのは、神様が「止めなさい」ってことだから。
形あるものには、いつか終わりが来る!
「ああ、終わりがきたのか」と、執着さえしなければ、一番いい形になる!
名前を変えたっていいさ。最悪の時には、「ひまわり」を廃業すればいい。
その覚悟があれば、なにも怖いものはない」
と、呪文のように自分に言い聞かせては、ともかく、 「これ以上考えない!!」と、
目の前の現実だけを見つめて、全力投球を心がけました。

お蔭で、以前だったら、ぐったりボロボロになりそうな条件がそろっていた
超ハードな1ヶ月だったにもかかわらず、終わってみたら、
「あら、バタバタしているうちに、うまく乗り越えたじゃない!」と、
無事に開業にこぎつけたのでありました。

むしろ、いいこともいっぱいありました。
行政指導で、「待合は極力使用しません」という念書を書いた関係で、
なるべく、来院者同士も顔を合わせなくてすむよう、
また、時間通りに診療が始められるよう、「来院者の入れ替えの時間」を作りました。

これがけっこうヒット!
というのも、診療室そのものは区切られたスペースなので、
声が待合には聞こえないのですが、待合の声は階段の吹き抜け部分に
声が響くため、診療室にまる聞こえだったのです!
これは、診療が始まってみて、はじめて気がついたことでした。
なので、「極力、待合に人がいない状態を作る」ということが、
安心できる相談環境を作るのに、大きな一役を果たすことになったのでした。

また、行政の関係で、「診療開始日は11月1日ではなく、
書類提出日に変更してください」という指導も入りました。
「えー!そんなことまで!」と一瞬思ったのですが、
「まあ、日が変わることも、全体の流れの中で、必然なのかもしれない。
大きな問題ではないから…」と、素直に受け入れることにしました。

ちなみに、開設日は人間でいう「誕生日」にあたります。
なので、開設日を誕生日として、ホロスコープを作ると、
その施設の性格、傾向が読めるのです。
そこで、早速、久々に占星術のソフトを立ち上げて、
新しいクリニックの運勢を占ってみたら…。
11月1日より、行政指導の指定日の方が、私の主旨にピッタリあった
動きのできるクリニックになる運勢の日だったのでした!
実は、書類を提出に行った日というのは、
「この日を除いて、提出に行ける日がない」というくらい、ぽっかり休みになった日でもありました。

そんなこんなで、この1ヶ月は、「万事は、塞翁が馬」、
「災い転じて福となる」ということを、身をもって体験することになりました。
たぶん、10年くらい前の私だったら、こんなにスムーズに物事が進まなかったでしょう。
問題が起こったら、徹底的に戦って、自分の主張を通そうとするのが、
それまでの常でしたから…。

でも、今回は、問題が起こっても、あまり深刻に考えすぎずに、
「最善を尽くしたら、流れを受け入れて、先に進もう。
すると、「問題」に思えることも、「別のいいこと」につながるかもしれない。
起こることは、私にとって必然と考えよう」 と、流れのままに任せることにしました。
もちろん、戦うことは一度もありませんでした。
そうすることで、マイナスの大きい波の影響は受けたものの、
波に飲まれることなく、やり過ごし、結果的に、未来にいい結果をもたらすことができました。

さらに、今回の体験のお蔭で、過去の私が、いかに、「戦うこと」で、
事態をややこしい形にしていたのか…ということにも、はっきり気がついたような気がします。
でもまあ、今、こうした気づきがあったのも、「思いっきり戦ってきた過去の自分」が
いてくれたお蔭でもあるのでしょう。
「どんなに心を落ちつけられるように修行しても、人生には、必ず波は来る。
波には、プラス、マイナス、両方の出来事が、必ずある。
でも、プラスのことも、マイナスのことも、起こるままにし、
起こったことを素直に受け入れ、最善を尽くせば、必ず、いい形に未来に繋がる」
そんなことを痛感した1ヶ月でした。

どうぞ、今後とも、新ひまわりをよろしくお願い致します。


(おまけのひとりごと)
実は…。10月に忙しくなってしまった原因の一つは、
引越しの一番忙しい時期から、なぎなたの初心者講習会なるものに参加したことにもある…。
(結局、自分で自分の首を締めてた?)

でも、当初の予定では、非常勤先のフォローなる仕事は入っておらず、
「ゆとりがあるから、暇になった頃には、旅行にもいけるかも」と思ってたくらいだった。
なので、なぎなたの講習会なんて、楽勝…だったはずなのだが…。
あまりの忙しさに、せっかく習っても、じっくり復習練習する間もなかった!

でも、これまた、「塞翁が馬」。その後、成り行きで、お能のお稽古で、
長刀の舞をやることになったのだが(本当は、しおらしく、
おとなしい系の舞をやるつもりだったのに…)、長刀の扱い方がなぎなた教室の型と、
舞の型とでは、大きく違っていることが判明したのだ!
もし、なぎなた教室の型に完全に慣れてしまったら、舞の長刀がうまくできなくなったに違いない!

なので、なぎなた教室で、長刀の扱いに少し慣れたところで、
舞に移るのは私にとっては大正解だった!
ちなみに、なぎなた連盟の試合用の長刀より、舞の長刀の方が、
柄が太くて、重く、すべりが悪い!
そして、お値段も20万もする!
舞用の長刀を持った後だと、普通の長刀が軽いこと軽いこと…。
かくして、毎日長刀を振り回す日々が始まったのでありました!




  2005年11月16日
最近、「流れ」について、よく考える。

世の中(宇宙?)には、固有のリズムや流れがある。
そうした大きなリズムや流れを、一個人が変えようとあがいても、無理があるように思う。
そんな無理をするよりは、リズムや流れをよく見て、その波にうまく乗って生活する方が、
楽な生活が送れる気がする。

例えば、タイミングが合わない日、というのがある。
こういう日には、横断歩道を渡ろうとすれば赤信号になってしまうし、
電車に乗ろうとするとドアが閉まってしまったりする。

こういう日に、無理矢理タイミングを改善しようと下手な努力をしても、
かえって裏目に出てとんでもないことになってしまうことが多い。なので、私は、
「ああ、今日は、タイミングの流れの悪い日なんだな」
と思って、タイミングがずれても、次の用事に間に合うように、余裕を持って行動することにしている。

逆に、とてもタイミングのいい日は、その流れに身を任せて、とんとん拍子で物事を進めていく。

仕事や人間関係も同じだ。
最初からトラブルがあるときにはトラブルが続くことが多いので、
一つ一つを慎重に行うように心がける。とんとん拍子のときには、勢いを大切にしながら仕事をする。

また、「流れ」は、時として完全に止まってしまうこともある。
そんなときには、あれこれ手立てを尽くして、無理矢理「流れ」を回復させる方法もあるには、ある。

でも、「流れが止まる」ということそのものを、「新しい流れ」として捉えることもできる。
「ああ、「流れないこと」そのものが、「新しい流れ」に導くための布石なんだ。
今までの流れに執着せず、新しく流れる方向を探すことで、
より自分に合った流れにたどり着けるのかもしれない」
と考えると、すんなり切り替えることができるだろう。

どうやら「ひまわり」は、そうした大きな「流れ」の転換期にきているらしい。
しかも、今までと違って、私個人の意思で「流れを切り替える」のではなく、
見えない力に動かされて切り替わるようだ。
なので、いったいどんな方向性に、いつ切り替わっていくのか、私自身にもよくわからない。

でも、うまく「流れ」を読みながら、一つ一つ丁寧に対処していけば、
気がついたら、一番いい形に収まることだろうと、楽観している。
つまりは、「行き先は風任せの船旅」のようなものだ。
それはそれで、きっと面白い体験ができるに違いない。



  2005年11月30日
先日、ガーデナーであり絵本作家である
ターシャ・テューダーを紹介する番組を見た。

東京ドーム2個分より広い庭を自分一人で作り、
90歳になった現在も、子供や孫の手を多少借りながらも、
自らの手で花や樹の世話をしているという。
年齢相応に老いた体では、バケツに一杯の水を汲んで運ぶことも、
植木鉢一つ持つことも、大変そうに見えるのに、
ターシャは雨水をためた大きな瓶から水を運び、大きなシャベルや鍬で
土を耕して、何百もの球根を植え、野菜を育てている。

自然と共に生きている彼女の言葉が、これまた、とてもいい。
「年をとることも、けっこう幸せで楽しいものよ。
だって、「お願い」って言えば、周りの人たちはたいていのことをやってくれるんですもの」

「庭造りもそうだけど、何事も、急いでやろうとしてはダメ。
物事には時期があるから、その時期を辛抱して待つことが、大切なのよ。
そうすることで、素敵な庭が育ち、おいしい料理が出きるの。
要領よく短時間でやろうとすると、本当にいいものは作れないわ。
待つことは、苦痛ばかりではないのよ。
その間、ずっと、時がくるのをワクワクして過ごせるから。
待っていれば、必ず、春がくるの。人生もそうよ」

「世の中には、悪いことばかり見て生きている人がいるけれど、
もったいないわ。人生には、素敵なことがたくさんあるんですもの。
素敵なものをたくさん見る豊かな時間を作らなきゃ損よ」
「私もそろそろ体が思うようにならなくなってきたから、
少しずつこの庭を自然に返していこうと思うの」
「私は、人生で今が一番幸せよ」

ターシャの姿を見ながら、私は老人福祉施設などに入っている人たちのことを考えた。
同じ年頃、同じくらいの体力を持っている彼らは、
「昔は、バケツで水を何杯も持てたのに、持てなくなった。惨めだ」
「庭の端まで歩くのが大変だ。外に出たくない」
「食事一つ作るのも大変だ。年をとると、普通に生活するだけでも、辛くて仕方ない」
「人の世話にならないと生きていけないなんて、惨めだ」
「こんな不自由な体になったら、何をやったって、うまくできるわけがない。
だから、なにもやる気になれない」
と、朝から晩まで、できなくなったこと、惨めなことをつらつらとあげて、
文句を言って過ごしている。

老人福祉施設に入っている人たちは、長い長い老後の時間を潰すために、
スタッフからリハビリ目的に勧められて、しぶしぶ不自由な体で、
パンを作り、花を育て、絵を書き、犬と遊ぶ。
ターシャもまた、パンを作り、花を育て、絵を書き、犬と遊ぶ。
なのに、心の中は、どうしてこんなにも違ってしまっていたのだろう…。

 少し前に、病気で右手が麻痺したピアニスト舘野泉さんの番組を見た。
舘野さんの話は、こんな内容だった。
 「ピアニスト仲間は、私のことを気の毒に思って、
「左でだけでも弾いてみればいいじゃないか」と、いってくれたんですが…。
私を思いやっての言葉だとわかってはいても、
 「左手で、どんな曲が演奏できるっていうんだ!
自分達だって、本当は、左手だけでは演奏にならないって思っているくせに!」
 と、優しい気持ちでアドバイスを聞くことができなかったんです。
 でも、実際に、左手で弾くようになってみて、
「ああ、両手で弾くことに、どうして今までこだわっていたのだろう。
左手だけでも、ちゃんと一つの曲を紡ぎ出すことができる。
 左手だけでも、メロディと伴奏ができる。
親指と人差し指でメロディを奏で、残りの三本の指で伴奏をすればいい。
今思うと、右手と左手を使うことで、自分の気持ちが散漫になっていたことがわかる。
左手だけになったことで、曲が一ヶ所に集約されて、
むしろ、密度の濃い豊かな表現ができるようになった」
 
以前、北海道にいた時、彼のピアノを聞いたことがあるが、
フィンランドの風景が、目の前に見えてくるような素晴らしい演奏だった。
でも、今の舘野さんの左手だけの演奏には、そうしたもともとの
彼自身の素晴らしい演奏に加えて、深い慈愛の色が加わったような感じがした。

ターシャがいっていた。
「人生の幸せ、喜びは、自分の心が創っていくものよ。
だからこそ、いつも、幸せや喜びを見つめていたいわ」




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