ひまわり先生のひとりごと (2001年3月) 
  2001年3月7日
熊本、北海道、新潟と、長年苦楽を共にしてきた愛車「スプリンター」くんと、
昨日、最後のお別れをした。
「彼」は私が東京に帰ってきてから、ずっと、弟のところに婿に行っていたのだが、
今度弟が結婚することになって、ついに弟のところからも旅立つことになった。


もうかれこれ、11年くらいになる中古車なので、本来ならば、廃車にされても
仕方のない身なのだが、こんな子でも「譲り受けたい」と言ってくださる
奇特な方がいたとかで、その人のところに、晴れて婿養子に行くことになった。


婿に出る前日、弟が「最後のお別れ」と言って、私のところに「スプリンター」くんを
連れてきてくれた。しばし、「スプリンター」くんを撫でて、別れを惜しんだ後、
「彼」は弟に連れられて、実家をあとにした。


なんだか、去っていく「スプリンター」くんの姿が、亡くなった母や患者さんたちの姿とダブって、

「ああ、これで、永久にこの子とは、もう会うこともないんだろうな」
と思ったら、思わず、どっと涙があふれてきてしまった。
あと何年、生きるかわからない「彼」だけど、元気で生きていって欲しいと思う。

そして、いつか、ひょんなところで、偶然、

「あ、私のスプリンターくんじゃない!」
と偶然出逢えたら、どんなに嬉しいだろうか…・・なんて、ふと、想像した。

―――――――――――――――――――

先週の日曜日、花粉症だと思っていたら、いつのまにか風邪をひいていたらしい。
喉は痛いし、鼻水は止まらないし、全身がだるくて、動く気力がない。


でも、せっかくの暇な日曜日に、ボーっと寝て過ごすのは、
どうにも時間がもったいなくて、悔しくて仕方ない。多分、数年前の私だったら、

「喉が少々痛いくらい、なんてことないわ。体は動くんだから、あれもこれもやって……」
と、心のままに動き回って、結局、あとで何日も熱を出して後悔する、
ということになりかねなかったような気がする。

それが、「あー時間がもったいない」と心の中はひどく焦りながらも、

「ここで無理をして、熱でも出してしまったら、きっと、1週間くらい、
動けなくなるに違いない。我慢、我慢!自分の体と健康のために『時間』を投資している
と思って、悔しいけれど、体を休めて、ダラダラ過ごそう」

と、自分に言い聞かせられるようになったのは、ひとえに、
「ひまわり」に相談にきてくれる患者さんたちのおかげに他ならない。


なにしろ、相談にこられる患者さんたちは、ケースは違っても、
体を治すことを最優先にしなければいけない状況にありながらも、

「動こうと思ったら動けるのに、病気だからといって、なにもしないのは、
私が怠け者だからなんです。休んで、のんびり過ごすなんて、とんでもない! 
周りの人だって、なんて思うか……。ともかく、動こうと思ったら、動けるんですから、
やることはきっちりやらないと! 時間を無駄にしたくないんです」

と、無理矢理がんばっている人が多い。

こう言う人たちに、私は毎日、

「自分で、自分の体を大切にしなくてどうするんですか! 
体が『休みたいよ』というサインを出してるにもかかわらず、
『でも、私は、あれもこれもしたい』と、気持ちのままに無理をするから、
病気がいつまでたっても治らないんです!」

と、説教をしている手前、自分自身が無理をしていたら、説得力がなくなってしまう。

仕方なく、せっかくの日曜日、心の中は、焦燥感でいっぱいになり、
イライラと落ち着かなかったが、休むことにしたわけだ。
すると、体は正直なもので、喉の痛みはすっかり一日でよくなった。

「急がば回れ」とは、よく言ったものだ。

とはいえ、たった一日でも、焦る心を押さえて、体を休めるのは難しいことだ。
ましてや、病気のために期限がはっきりしないままに、自分の体を優先しなければならない
患者さんたちの焦りはいかばかりだろうか。


ほんとに、「焦る心」よりも、「自分の体」を十分大事にできる人って、本当にえらいと思う!




 2001年3月14日
先日、お能のクラスで仲良しになった友人4人で、鍋パーティをやった。
普段、お稽古のあとは、住んでいる方向も違うので、すぐさま別れて
帰路についてしまい、あまり話をすることがなかったのだが、今回、ゆっくり話をして
いろいろな発見があった。


まず、4人中3人が同い年。もう一人も、2歳違いと年齢が近いことにはビックリ。
でも、それ以上にビックリだったのは、彼女らのパワー!


まあ、みんなパワフルなこと、パワフルなこと……。
自慢じゃないが、私がパワー全開で、活動してついてこれる人って、
そうそういないはずなんだけど、その私が、終始パワー全開で投げたストロークを、
ものの見事にキャッチして、私以上のストロークで返してくる人たちなんて、
ここ何年と出会ってなかった!


いやー、久しぶりに、全身のエネルギーを開放して遊んだという充実感のある一日でした。

結局、6時半くらいから、10時半過ぎまで、機関銃のようにしゃべり合って
遊んでいたのだけれど、話題のほとんどは、お能のT先生の話。
みんな、それぞれ表現型は違っても、T先生のファンということで、
まあ、盛り上がる盛り上がる……。
しかし、ファンといいながらも、みんな、冷静かつ客観的にいろいろよく見てること……。


女って、結構したたかな生き物かも?!




 2001年3月26日
先日、弟の結婚式に出席した。
結婚式で一番印象に感じたのは、
「兄弟というのは、結婚式の時にはなんて中途半端な存在だろう」ということだった。

なぜかというと、花嫁花婿の両親は、「金屏風の前に立ってご挨拶」をはじめとして、
結婚する当人たちと共に、参加するイベントがたくさんある。
しかし、兄弟は「その他の親族」と、同等の扱いなため、実に寂しい状況に陥ることが
多々あるのだ。


たとえば、式の予行演習の時、兄弟は「居残り組」だし、披露宴の開始、終了のときは、
その他の列席者と一緒にされて、 

「受付をすまされた方から、列になって、新郎新婦とご両親様にご挨拶されながら、
会場にお入りください!」といわれてしまう。

しかし、ご祝儀袋を持ってきているわけでもないし、記帳する必要もないので、
受付をするわけにもいかない。でも、受付をしないと、席次表がもらえない!


仕方なく、親戚のおばさんに、

「あのー、私たちの席、どこでしょう?」
と、聞くはめになる。ついでに、今朝も顔を合わせたはずの、弟や両親に向かって、
「本日は、まことにおめでとうございました!」
なんて、挨拶をしながら、披露宴会場に入るのも、なんだかねぇ…。
ついでに、兄弟ともなると、友人の結婚式のときのように、
きゃいきゃいとはしゃぐわけにもいかないし、かといって、
親戚のように客観的にもなれないし……。実に不安定な存在だ!


そして、とどめは、披露宴のお開きだ。
親の荷物は預けられる(親は金屏風の前でご挨拶の仕事があるから)わ、
ご祝儀袋の束の山は預けられるわ……。
きれいなドレスに身を包みながらも、どでかいボストンバックを持って、

「いやー、実に、いい式でしたよ。ほんとにおめでとうございますぅ!」
なんて、自分の親や弟にご挨拶しながら、退場するのは、実に間が抜けている……。
いやー、妹と一緒じゃなかったら、ちょっと寂しかったね。この中途半端な、状況は!

ところで、披露宴の最中はすっかり、母親気分になってしまった。
「母が生きていたら、『ああ、これで、大事な息子も家を出てっちゃって、
実家には、あまり帰ってこないのね。息子って、子供のときが、一番いいわねぇ』
なんて気分になるのかしら」

なんて、考えていたら、家に帰ったら、きゅうにうるうる涙がこぼれてきた。

ところが、そんな興奮も、不思議なことに翌日には、きれいさっぱり消えうせて、
ケロッとした気分になってしまった。どう考えても、昨日の興奮が思い出せないのだ!

どうも、結婚式当日は、母親の霊に憑依されていたように思えてしかたのない私です。 


ひとりごと その2

お能仲間のIさんが、ホームページを読んで、コメントを書いてくれたので、
アップしちゃいます。
 
「ひまわり先生は、T先生の足底筋に見とれていらっしゃいますが、私は広背筋派…・! 
いつも、ホレボレ眺めているのです。加えて、声!! 
私はあの美声に殺ラレテシマイマシタ。本来は、軽やかなテノールなのに、
充実した幅広い低音の持ち主。
私は、邦楽界のホセ・カレーラスと呼んでいます。顔立ちも似てて……。
♪グラナダ♪や、「トスティ」の歌曲が似合いそうな声……
(原文では、ここにハートマークがついていたぞ!)

舞台でエスコート上手ですし……」
以上、Iさんのコメントでした。

私も、そりゃあ、足底筋より、広背筋の方が好きです。
ほんとに、T先生の広背筋はきれいです。
フラメンコやってる人でも、なかなかあんなにきれいな広背筋の人はいない!
まるで、背中に翼があるよう!


でも、それよりなにより、私が感動したのは、T先生が動くと、お稽古場にいるのに
いろいろな風景が見えること! 

ある時には、覗き込んだ井戸の丈、深さまでが見える。
またあるときには、ハラハラと扇子の上に舞い散ってくる桜の花びらが見える。
そして、先生が、さっと腕を一振りしただけで、長い衣装の袖がふわりと舞って
腕にかかった瞬間までが見える!!


また、同じ天女物を舞っていても、

「ああ、この天女は、この間の天女と違って、年が若くて、元気がいいんだなあ」
と感じられるし……。
実は、「井筒」のお稽古していたとき、先生の背中から漂う哀愁(?)に、
思わず涙が出ちゃったもんね。

だから、ほんとに自分がお稽古しなくても、見てるだけでも楽しい!
あんな風に舞えたら、楽しいだろうなあ……。


ところで、T先生は、別の意味でも見ていて楽しい!? 
それは、突拍子もない、変わったジョークを言うから……。

先週など、先生があまりノリノリで冗談を言うものだから、おかしくておかしくて、
笑いの虫がついてしまい、吹き出しそうになるのをこらえるのに相当苦労した。

みなさんが真剣な顔をして謡っているのに、後ろで、「ぷぷーっ」と、吹き出すのは、
大変失礼だし、かといって、先生の顔を見ると吹いてしまいそうだし……。
しかも、先生の真正面に席を取っていたもんだから、
顔を上げると、先生が目に入って吹き出しそうになる!! 本当に困った!!


結局、必死で目をつぶって、下を向き、「笑い」に気持ちが集中しないように、
必死で、深呼吸して、別のことを考えていたのでした。

お茶目な先生で、困ります?!




 2001年3月28日
以前、講演会でお世話になった谷さんが、3/26の「ひとりごと」を読んで、
とっても面白くて感動的で、共感できる名文章を送ってくださったので、ご紹介します。
納得、納得!!
娘を嫁に出す父親の氣もちです。

【父の涙】

「お父さん、なかんとこね。」 「おう、なかんよ。」

観音開きの大きな戸が開かれる。
教会の中の全部の眼の視線を感じる。
一瞬の間をおいて、
「おぉー」と言う声にならない声と、「キレイ」と囁く声が耳に入る。
「どうだ、俺の娘だ」、先ほど始めて純白のウェディングドレス姿の我が娘を見たとき
俺も綺麗と思ったのだから、当然だ。
正面のステンドグラスの逆光の中にいる、若き神父の眼が一瞬、驚きの目をし
たことも見逃さなかった。もう一度「どうだ」一段と胸を張る。

花婿の姿など眼中に入らない、一礼のあと、右、左、左、右、右、左リハーサルどおり、
歩調を合わす、歩きにくいドレス姿の娘に、リハーサルでは、自分のペースで歩きなさい、
それに合わせて歩くからと言っておいたとうりに、娘は歩いて行く。
一瞬私が間違っても、娘は平氣で歩いて行く。
私も体制を立て直し、だれにも氣付かれず胸を張って歩く、勝者の足取りである。

「見ろ見ろ俺の娘だ、どうだ美しいだろう。」
「この娘を今からひとりの若者にくれてやるのだ。どうだかっこういいだろう。」
大げさに言えば、そんな心境であった。
私は自分の子供たちが産まれたときから、「自立する」人間に育てたいと願ってきた。
願いどおりにこの娘は育ってくれた。

あのいつもめそめそ泣いて、母親につきまとっていた娘が、学校を途中でやめて出て
アメリカへ半年ばかり、行きたいと言ったとき、正直心配だったけど、
弟も一緒に行くから、と許し、二度目にひとりで行くときには、もう安心して送り出した。
半年日本でアルバイトして、半年アメリカで生活するなんて私達
の若いころには考えられなかったことを平氣でやれる娘に育ってくれた。
しかも、一円の援助も親に求めなかったのである。

たった一度だけ、ホームシックにかかって、泣き声でアメリカから電話がかかってきた時、
どうしてやりようもなく、おろおろしながらも、「早く帰っておいで」というのが精一杯だった。
この娘も、しっかりしているようでも、まだ俺という父親が必要なんだという安心感を持ったくらいだった。
そうして半月後、帰って来て、早々に言ったことは、次に行くときのことだった。
何と言うことだと思った。

「お父さん、私お嫁にいかんでいい?」「いいよ」
私の頭の中には、老後の私と娘の生活が浮かぶ。
「お父さん、もし私が外人連れてきたら反対する?」「せんよ」
二世の孫が脳裏に浮かぶ。「ははは 、わたしゃ嫁にいかんからねぇ。」
「お父さん、私お父さんの子で良かった。」「....」
思い出される親子の会話である。

二人の足は、前列から二番目で止まる、父親が越えられない線まで来た。
初めて花婿が視界に入った。ある日突然来て、結婚させて下さいと言って来た若者である。
緊張しているけどあの時のおどおどした姿はない。いい若者だ俺の娘にふさわしい。
数歩前方に来てくるりと回って正面を向く、リハーサルの通りである。

「なんでーー」氣がつかなかった、この演出はおかしい、若者は背中を見せる、
その背中に向かって娘は、私の手を離して、自分の意志で歩いて行くのだ。
この場合、若者は私の前にひざまづき、「私に下さい」と乞うべきなのである、
とまでは言わないけど、直前まで来て手を出して、私の手から受け取るべきじゃないか。
あの若者の背に向かって、歩く娘の姿は、それまで得意満面の父親を、奈落の底へ、
勝者から敗者へ突き落とすものだった。

花嫁の父の涙は、悲しいとか言うものでは断じてない。
怒りなのである。
「娘の自立」にたいする怒りなのであった。





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